宇宙よりも遠い場所

SPECIAL

STAGE04

南極に行くための準備について 
ベテラン隊長に聞きました!

本吉洋一さん

国立極地研究所
教授 広報室長

(プロフィール)
第23次隊('81年)の初参加以来、10度を超す観測隊経験を持つベテラン研究者。第58次南極地域観測隊では隊長を務めた。研究分野は地質学で、主に南極の岩石や鉱物を研究。


ルート工作ができないと、南極では遭難確実!?

ーー第4話でキマリたちは観測隊の訓練を受けます。実際の南極観測隊も出発前に訓練を行っているんですか?

本吉:訓練は必須ですね。毎年11月の出港時期に合わせ、3月に冬期訓練、6月に夏期訓練と計2回の訓練があります。3月は雪山でのルート工作や野営(キャンプ)、6月は座学が中心ですから、キマリたちが合宿して受けたものとほぼ同じ内容です。

講義は、南極観測の基礎知識などが実施される

ーー「ルート工作訓練」というのは、目的地に正確に辿り着くための訓練ですよね。南極では必須なんですね。

本吉:アニメでも少し説明されていましたが、南極にはランドマークになるような目標物が何もないので、ルート工作のスキルがないとあっという間に迷子になってしまうんですよ。

ルート工作の訓練の様子

ーー南極での迷子って、イコール遭難ですよね。

本吉:そうです。今は雪上車にGPSが付いているのでかなり便利になりましたが、昔は地図とコンパスだけを便りに移動していたので、特に重要でしたね。

ーー地図とコンパスだけですか? それは大変そうですね。

本吉:そうなんです。GPS機能があれば、例え視界がゼロでも画面を見ながら運転できるんですけど。GPSがない時代はブリザードで視界が悪くなると、その場所で停止してひたすら止むを待つしかなかったですね。下手に動くとすぐに迷子になりますから。

ーーひええ〜、恐いです。キマリたちは何とか成功させましたけど、ルート工作訓練ってけっこう難しいんですか?

本吉:いやいや、やり方さえ覚えればそんなに難しくはないですよ。方角はコンパスが正確に読めれば大丈夫なので、誤差が出やすいのは距離のほうですね。

ーーアニメでは歩測で距離を計算していました。

本吉:実際もそうですよ。靴の全長25cmで何歩とか、一歩70cmで何歩とか。ただ平野ならある程度正確に計れるんですけど、雪山でこれをやると、思うようにいかなかったりもするんです。雪にもぐったりして歩幅が狂いやすいですし、岩場や小川などの障害物もありますから。その誤差も計算に入れながらゴールまで正確に辿り着くには、少々のコツは必要かもしれません。

ーー南極って磁南極(磁石の南極)に近いですよね。そういう場所でもコンパスって正確に機能するんですね。

本吉:機能はしますが、そのままは読めません。昭和基地でコンパスを見ると、針の指す方向と実際の方位は49度くらいズレます。なので、その偏差を計算に入れて移動するんです。じつはこういう偏差は世界の至るところで生じるもので、東京でも約7度ズレているんですよ。南極ではそれが最大級になるという感じですね。

ーーへえ〜、知りませんでした。では6月の夏期訓練では主にどんなことを学ぶんですか?

本吉:これもアニメで描写されていた通りで、南極や昭和基地に着いた後の行動や、出発前の物資の調達、輸送の段取りなどの座学がメインです。合わせて救命救急措置なども実地で訓練しますね。

ーーどれも南極では必須なんですね。その他に出発するまでに隊員さんが受ける訓練はありますか?

本吉:あとは部門別での訓練や研修が多いです。調理師さんがそば打ちを習ったり、お医者さんが歯医者さんに研修に行ったり。

ーーえ? お医者さんが歯医者さんに研修に行くんですか?

本吉:南極には歯科医師がいなくて、医者が兼任するんです。とは言えさすがに専門的な治療はできないので、痛みを抑えるなどの応急処置だけなんですけどね。

ーー当たり前ですけど、南極ってやっぱり不便なんですね。

本吉:ちなみに理容師さんもいないので、散髪は隊員同士で切り合っています(笑)

隊員が散髪をしている様子

ーー隊員の皆さんは、出発前に健康チェックなども受けるんですか?

本吉:身体検査は入念に行います。お医者さんが同行しているとは言え、基本的には作業中の事故によるケガ等に備えているのであって、例えば南極でガンになってしまったらどうしようもないんです。また、越冬隊は南極生活が長くなりますから、念のため精神検査も受けていただきます。心身ともに健康な状態であることはとても大切ですね。

ーー一年以上も南極で生活するわけですから、ストレスも溜まりますよね。

本吉:個人差はありますが、ストレスがゼロっていう人はいないでしょうね。特に小さなお子さんなどを残して来ている場合は、一年以上も会えないというのは精神的には大きな負担ですよね。越冬時に隊員の親御さんが亡くなったケースもありますが、それでも帰ることはできませんし。

ーー南極に行くには強い覚悟が必要なんですね。

本吉:本人の強い意志はもちろん、同時に家族の理解や同意も大切です。子供が幼かったり、進学や受験時期だったり、父親が必要な時期に長期に渡って家を空けることもあるわけですからね。それは送り出すほうにも相当な覚悟が必要だと思います。だから私を含めたほとんどの男性隊員は、奥さんには1mmも頭が上がらないんですよ(笑)。

写真協力:国立極地研究所

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