宇宙よりも遠い場所

SPECIAL

STAGE12

雪上車での生活について 
観測隊員さんに聞きました!

小林正喜さん

(プロフィール)
第57次、第59次南極観測隊に機械担当として参加したベテランメカニック。第57次は昭和基地、第59次は先遣隊としてドームふじ基地に滞在し、つい先日帰国したばかり。


雪上車で3週間の旅。乗る前はワクワクでも、3日でもう十分!?

ーーアニメ第12話では雪上車での内陸移動が描かれました。小林さんは雪上車でドームふじ基地まで行ったんですよね?

小林:ええ。昭和基地から1000kmほど離れた場所にあるので、約3週間かけて移動しました。

移動中の雪上車

ーー3週間も!? 1000km離れているとはいえ、長いですね。

小林:物資をどっさり乗せたソリを7台も牽引していますし、雪上には凸凹もあるので、安全に進むには時速10km以下が原則なんです。だいたい1日に50km進めれば御の字という感じでした。

ーードームふじ基地にはどんな編成で向かうんですか?

小林:その時々で違うとは思いますが、59次の際は5台の雪上車にそれぞれ2名が乗り込み、計10名という編成でした。先頭は「ピステンブーリー PB300」というドイツ車。車両の先端にブレードがついたタイプで、道中のサスツルギ(強風によってできる凹凸)を慣らしながら進んでくれるんです。

ピステンブーリー

ーーそれは大事な役割ですね。

小林:そうなんです。じつはそのやり方でドームふじ基地まで移動したのは今回が初めてなんですよ。おかげで後続の車両はかなりスムーズに進むことができました。これまでの移動方法だと、激しい揺れで荷物同士がガツンとぶつかったりもするのですが、今回はそれがほとんどありませんでした。

道中のサスツルギを慣らしながら移動

ーーそれは良かったですね。一方、後続車両の4台はブレードが付いていないタイプなんですね。

小林:そうです。こちらは「SM100S」という車両で、隊員が中で生活できるように工夫されたキャンピングカーのようなものです。南極にしか存在しない特殊な車両で、古いものだともう20年選手になります。普通の車ならもう寿命ですが、小さい故障や不具合はあれど、未だに現役で活躍しているんですよ。

SM100S

ーーへえ〜。車内はけっこう快適なんですか?

小林:広さや設備などはアニメで描かれていた通りですが、やっぱり狭いのは狭いですよ。私も乗る前はけっこうワクワクしていましたが、3日目にして「もう十分だ」と思いました(笑)

ーーあはは。ちなみに外気はマイナスの世界ですが、車内は暖かいのでしょうか?

小林:外気を遮断するように上手く設計されていますし、エンジンの排熱を利用した暖房システムなので、車内温度はつねに20℃はあります。しかも南極の陽射しはオゾンホールの影響もあってすごく強いので、フロントガラスから差し込む陽光を受けていると、日本の真夏よりも暑く感じる事もありますね。

意外と豪華な雪上車メシ。時にはフランス料理も?

ーー日々の食事はどうしているんですか?

小林:夜と朝はみんなでいっしょに食べます。その日の目標地点に到達したら、全車両を一箇所に集めてキャンプするのですが、一台が食堂車になっているので、そこに集合して食事をします。

雪上車内での食事の様子

ーーコックさんはいないと思いますが、どんなものを食べるんですか?

小林:これが、昭和基地とほとんど変わらないものが食べられるんですよ。と言うのも、ふだんの基地の食事を多めに作ってもらい、それをレトルトパウチにしたものを積みこんでいるんです。解凍するだけですし、和・洋・中とバリエーションも豊富。なかにはフランス料理なんかもありました。それに自分たちで炊いたご飯と即席味噌汁、乾物なんかを加えて食べます。総じて、食事はメチャクチャ美味しかったですよ。

ーー過酷な道中で、美味しい食事は癒しになりますね。では食事後はすぐに就寝するんですか?

小林:いえいえ、やっぱりお酒は飲みますね(笑)。隊員たちは日中は雪上車もバラバラですし顔を合わせませんから、全員が集まって話ができる時間は貴重で、それがまた楽しんです。

雪上車内でクリスマスパーティーをすることも

ーーなるほど。ちなみにお風呂事情はどんな感じですか?

小林:3日に一度はシャワーを浴びていました。雪上車にシャワーが備わっているわけではないので、1人用の簡易シャワーを使います。雪を車内のヒーターで温めてお湯にして、それを使うんです。幸い雪だけは無尽蔵にありますから、水で困ることはありません。

5日間の「ブリ停滞」。極寒の内陸部は死の砂漠!?

ーーアニメではブリザードの様子も描かれていますが、小林さんは雪上車でブリザードに遭遇した経験はありますか?

小林:あります。隊員たちのあいだでは「ブリ停滞」と呼ぶのですが、最大で5日間ものあいだ動けませんでした。

ーー5日間も? そのあいだは車内に閉じこもりっきりですか?

小林:いや、トイレや食料の調達などで外に出ることもあります。ただその場合は体と車両を紐でつないで行動するんです。ひどい吹雪の際は視界もほんの数メートル程度なので、やっぱりちょっと怖いです。もし車とはぐれてしまったら、これはもう100%死にますからね。

ーーゾクッとしちゃいました。改めて南極の怖さを感じます。

小林:本当は怖い世界なんですよね。晴れている時は見渡す限り真っ白で穏やかな景色なんですが、実際にはマイナス30℃と、動物はおろかウイルスさえ生きていけないほどの環境ですし。昭和基地のような沿岸部にはまだペンギンなどがいますが、内陸部は完全に死の砂漠で、雪上車という生命維持装置のおかげで生かされているだけなんですよね。

ーーなるほど。雪上車での過酷な旅、本当にお疲れ様でした。



写真協力:国立極地研究所

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