宇宙よりも遠い場所

SPECIAL

STAGE10

昭和基地での食事について 
南極料理人に聞きました!

竪谷 博さん

(プロフィール)
第55次南極観測隊に調理担当として参加した、いわゆる「南極料理人」。観測隊に参加するまでは創作居酒屋の料理人として腕をふるっていたが、帰国後は東京・西荻窪に居酒屋「じんから」をオープンした。


5日間続く南極最大のお祭り「ミッドウインター祭」とは?

ーーアニメ第10話ではクリスマスケーキをはじめ様々な料理が登場しました。実際の南極観測隊も、イベントなどではスペシャルな料理を作っていたんですか?

竪谷:もちろんです。クリスマスにはアニメと同じくケーキやチキンも用意しました。アニメでも言及されていた通り、南極では食事とイベントが何よりの娯楽ですから、一ヶ月に一度は何かしらのイベントを開催していました。食事はどんなイベントでもセットで登場するので、特に欠かせない要素なんです。

南極観測隊員のお誕生日ケーキ

ーーちなみに、一年を通じてもっとも盛り上がるイベントってなんですか?

竪谷:ミッドウインター祭ですね。これは南極の冬至(6月21日頃)を祝う真冬祭で、南極にある世界各国全ての基地で、数日に渡って盛大に祝うのが昔からの習わしなんです。僕が参加した55次隊では、5日間もの間お祭りが続きました。

ーー5日間もですか? それはすごいですね!

竪谷:手作りの露店風呂に入ったり、バンド演奏を披露したり、お化け屋敷を催したり、日替わりで様々なイベントを行ってワイワイと過ごします。最終日のディナーでは隊員みんなが正装して、フレンチのフルコースを振る舞いました。

ーーフレンチのフルコース!! 南極料理人って何でも作れないとダメなんですね。

竪谷:できるに越したことはないですね。僕はもともと創作料理のお店で料理人をしていたので、それが役に立ちました。それでも南極に行く前は、知り合いのパティシエのお店で洋菓子作りの修行をしたり、いろいろなジャンルのお店に足を運んではレシピを研究したりと、かなり準備はしましたね。

お店の味より家庭の味!? 南極料理人の知られざる苦労

ーー隊員の皆さんに人気だったのはどんなメニューですか?

竪谷:あえて言えばお昼に出していたラーメンですね。醤油、味噌、豚骨などの味はもちろん、麺の太さも変えるなど工夫していました。他にも丼モノや焼肉、お寿司、お刺身などはすごく喜んでもらえまたと思います。

数名の隊員と握ったお寿司

ーーなるほど。どれも日本人が好きな定番メニューばかりですね。

竪谷:極地ではあれどそこで生活をしている以上、食事もまた生活の一部なんですよね。懐石料理やフレンチのフルコースは、たまに食べるからこそ美味しいのであって、毎日では飽きちゃうんですよ。

ーーお店の料理ではなく、家庭料理を意識されていたんですね。

竪谷:そうです。お店だったら毎回決まったレシピやメニューでいいですし、むしろ決まった味が求められますけど、南極料理人の場合、料理を作る相手は一年間ずっと同じで、毎日ですからね。同じようなメニューや味付けだとすぐに飽きられてしまうんですよね。先ほどのラーメンもそうですが、例えばカレーにしても、スパイシーな本格派から甘めでドロッとした家庭風、グリーンカレー、スープカレーなど、常に趣向を凝らして飽きさせないようにしていました。一年365日、毎日料理を作って飽きさせないっていうのは、当たり前のようにも聞こえますけど、実はすごく難しいことなんだと感じました。特に僕が参加した55次隊は調理担当が僕ひとりということもあって、余計に強く意識したのかもしれませんね。

ーーえ? 調理担当って、普通は2人体制ですよね?

竪谷:そうなんですけど、たまたま55次隊は越冬隊が24人と少数精鋭だったので、料理人は僕ひとりだったんです。

ーーじゃ、じゃあお休みなどは?

竪谷:基本的にはないです(笑)。僕が休むと隊員たちがご飯を食べれなくなっちゃいますからね。

ーー1日も休まず? めっちゃ大変ですね!

竪谷:確かに大変なことは多かったんですが、それでも辛いとは思いませんでした。これが「仕事」だと思うと気分も滅入っちゃいますけど、これが南極での「生活」だと思うと前向きでいられるんですよ。キマリのセリフじゃないですけど「自分は選んでここにいるんだ」と思ったんですよね。まさに今、念願が叶っているんだと。

ーー前向きなんですね。まさに南極向きの性格というか。

竪谷:自分でもそう思います(笑)。それにぶっちゃけると、365日ぶっ通しで全力というわけでもありませんから。本当に疲れた時などはご飯をレトルトものにするなど、うまく手抜きをしてました。鍋料理なども、隊員たちは喜んでくれるんですが、材料を切ってコンロを用意しておくだけなので、実は僕としてもそっちの方がラクだったりもするんですよ(笑)。

卵論争が勃発!? 「卵が生で食べたいんだ〜!」

ーー南極では扱えない食材などもあるんですか?

竪谷:生野菜や生卵といった、冷凍保存ができない生鮮食品は越冬の途中で途中で無くなりますね。11月にフリーマントルで積み込んで、だいたい7月くらいには使い切ります。

ーーそんなに長い間持つんですか?

竪谷:南極では雑菌が繁殖しないので、基本は長持ちするんですよ。とは言え、5月の終わりくらいになると痛んでくるので、「もう卵を生で食べるのはやめた方がいいです」とアナウンスするんですが、「まだイケる」と、まるで言うことを聞いてくれませんね(笑)。

ーーでも食当たりの可能性も出てきますよね。

竪谷:なので「食べるなら自己責任で」と言います。「腹を下しても仕事しろよ」って(笑)。結局、それでも食べますね。

ーーそんな危険を犯してまで食べちゃうんですか?

竪谷:日本にいたらそんな危険なことは絶対にしませんが、南極だと不思議としちゃうんですよ。それくらい体が生卵や生野菜を欲するんです。いよいよ明日で生卵が切れるという日は、どう使うかで議論になったくらいです。隊員たちは「生卵付き」のすき焼きがいいと主張してきたのですが、料理人としてはやっぱり危険があるからダメだと拒んだら「肉に火が通ってるんだから安全だ」とか、もう訳の分からないことを言い出して(笑)。

ーー皆さん必死ですね。

竪谷:そうなんです。結局は僕が折れました。「では竪谷さん、明日は”生卵付き”のすき焼きでお願いします、いいですね? では他に議題がなければ、会議を終わります」って。

ーー(笑)面白いやり取り。

竪谷:後で冷静になるとそうですよね。でも、大の大人たちが卵の使い方で喧々諤々になるのが南極という場所なんですよね。そういうアレコレも含めて、とても楽しかったですね。

ーーやはりだんだんと家族っぽくなっていくんですね。

竪谷:そうですね。僕は南極から戻ってきてから自分のお店を開いたんですけど、これまでに第55次隊の隊員はほぼ全員お店にきてくれました。長い間会っていなくてもそのブランクはまったく感じず、一瞬で当時の関係性に戻れるんですよ。そんな仲間はかけがえがないものですし、チャンスがあればぜひまた南極に行ってみたいですね。

ーー竪谷さんのお店「じんから」には、南極観測隊に関係する方々も多くいらっしゃるんですね。

竪谷:多いですね。昭和基地で振る舞った「南極カレー」はもちろん、お造りからイタリアンまで、南極料理人らしくジャンルを問わないメニューの豊富さが自慢です。大人がゆったりとくつろげる雰囲気ですので、もしよかったらいらしてください。

竪谷さんの南極カレー

ーーこのアニメを観たファンがふらっと入っても大丈夫ですか?

竪谷:もちろん大歓迎です。一緒にアニメの話や南極の話で盛り上がりましょう。きっと、よりリアルに南極での生活が想像できると思いますよ。

ーーそれは嬉しいです! 本日は楽しいお話をありがとうございました。

■じんから

住所 東京都杉並区西荻北3-32-9
電話番号 03-6454-7891
営業時間 16:00~24:00(L.O.23:00)
アクセス JR西荻窪駅 北口から徒歩5分


1人でカウンターで飲んでも、奥座敷でみんなで宴会しても良し


店内ではペンギンもお出迎え。お酒も料理も豊富で飽きません



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